昭和の家、山奥の苔庭
奥泉駅前には縄文のオブジェがある。下開土遺跡は昭和26年に藤枝東高校郷土研究部?が発見したという。出土した土器や土偶は東大がもちさってしまい、現地にはレプリカしかのこっていないという。
高本たつ江さんがつくった「昭和ミニミニ暮らし館」という不思議な空間に泊めてもらった。
赤電話や駅弁の包み紙……昭和のなつかしい品々が部屋につめこまれている。オオカミ(山犬)の展示も多い。オオカミの総本山は秩父の三峯神社。大井神社の多くは山犬をまつっている。防火の神様としてもまつられている。
このあたりでは明治44年には炭焼き小屋で多くの人がオオカミの遠吠えを聞いて大騒動になった。その声を「龍音」とよんだ。
「赤ずきんちゃんなんかではオオカミは悪者だけど、狼は『良』がついているのは、よい存在だったから。狼煙というのは狼の糞をのろしにつかっていたからです。日本では、焼畑を守ってくれる存在だったんです」
高本さんは力説した。
「やまびこ」の鈴木正文さんのつくる苔の庭も圧巻だった。
山道を車で20分ちかくのぼった標高500メートルの斜面にオロクボという集落がある。そのちょっと先の森に鈴木さんの別荘のログハウスがたっている。
基礎や構造は大工にたのんだが、屋根や壁はすべて手作り。斜面の石垣も自分で摘んでコンクリートでかためた。
生いしげっていたススキを刈り払い、杉を伐採し、斜面の下にあった苔を少しずつ移植してそだてた。スギやヒノキの切り株には土をもってそこにも苔を植えた。20年かけて京都の苔寺のような庭園になった。
「箱根に静岡では一番美しい苔の庭があり、つくりかたを教えてほしい、という人がくるけど、その後、つくった、という人は一人もいないと言っていました。それほど苔の管理は大変。雑草がはえてくるし、落ち葉がおちる。木も生えてきてしまう。ほんとうに手間がかかるんです」
ノーベル賞に一番ちかい数学者・芸術家
「ノーベル賞にいちばんちかい静岡人」日詰明男さんの不思議な庭を2017年にたずねたのを思いだした。
古民家の庭に抽象的な造形物がいくつもならんでいた。
「民主主義的階段」は、リズムに繰り返しやパターンがない。普通の階段だと歩幅が合わない人は右足ばかりでのぼったりすることになるが、この階段は踊り場の数やパターンの繰り返しがゼロだから、左右の足が均等につかわれる。「疲れがとれる階段」で眠気がさめる。このパターンを道路にきざめば、規則正しい振動ではないからねむくならない。「民主主義的階段」のリズムをたたいてくれた。輪島の太鼓のリズムによく似ている。このリズムは前頭葉をつかうから、ぼけ防止にも役立つらしい。
日詰さんは宇宙の形についての通説を否定する。アインシュタインらは球状をイメージしていた。だから、光を一方向に発信すれば、反対側からもどってくると考えた。だが球だと、一定の距離までは小さくなるが、それを越えると、大きく見えるようになり、さらに左右が反転することになる。そういう現象はおきていない。
トーラスの形(ドーナツ状)ならば、途中から大きくなってしまう現象は起きない。ドーナツがいくつもからみあった形が宇宙のモデルという。正多面体は4,6,8,12,20の5種類しかない。だからドーナツがからみあった宇宙の形も5種類しか考えられない。
「ビッグバン」にも異を唱える。150億光年はなれると光速になることがビッグバンの根拠だが、それは単純すぎる。104億年前は宇宙は半分のサイズで、すべてのものが半分のサイズだった。でも物差しも半分のサイズだからなかにいるとわからない。104億年ごとに半分になる。永遠に半分になりつづける……だそうだ。
「これも僕の発明です」とツルで編んだ籠をみせてくれた。ふつうの籠は2方向か3方向に編んでいるが、5方向で編んでいる。そのぶん丈夫だ。墜落した日航機の圧力隔壁は蜘蛛の巣状と同心円を組み合わせた形になっているが、5方向で組み合わせればはるかに強いものになっていた。いろりの形も四角よりも五角形のほうがよいという。
おしんのふるさと
1983年のNHK連続テレビ小説「おしん」は山形県が舞台だが、川根本町出身の丸山静江さん=84年死去=がモデルだとは知らなかった。
ドラマでは、幼いおしんが最上川をいかだでくだる場面がある。丸山さんも寸又峡温泉ちかくの故郷から、大井川をいかだでくだって子守奉公にでた。おしんも丸山さんも上京して髪結いで成功した。奉公から逃げて助けられたのも共通している。
実は1979年に丸山さんの半生を娘が代筆して、雑誌「主婦と生活」に送り、丸山さんは橋田さんらの取材をうけたのだという。
川根は不思議な空間や物語、人が次々にあらわれる。
2024年の川根の旅の最後は、黒澤脩さんが退職金を投じて整備した築250年の古民家「野菊の家」をたずねた。ケヤキの大黒柱や立派な梁があり、土間(たたき)もコンクリートではなく、昔ながらの土でつくられている。
庭には黄金の国ジパングといわれた家康時代をモデルにした石庭がつくられ、地域おこしの拠点として活用してきたが、まもなく手放すという。その価値がわかる人に継承してもらいたいものだ。