ボヘミアンの夏休み①オオサンショウウオ

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 今年はボヘミアン結成40周年。秋の記念大会のプレイベントとして、シマモトが鳥取県日南町でいとなむ「体験民泊 やげ屋」を、セージ(隊長)、ミズコ(釣り名人)、オータ(ねずみ男)の4人で急襲した。
 シマモトは学生時代、頭まで筋肉でできているといわれていたが、木こりをしたり、アウトドアの教室をひらいたり、村おこしに参加したり……と、元ボヘミアンでもっともボヘミアン的な人生をおくっている。
 「やげ」というのはオオサンショウウオがかくれる川の中の穴のようなところを意味する。オオサンショウウオをこの地域では「ハンザキ」とよんでいる。半分に裂かれても生きている、という伝説によるらしい。

 昼過ぎに到着した里は、山にかこまれた農村集落で、お宮さんの森からセミの声がジンジンとひびいてくる。赤く熟したミニトマトをちぎってほおばる。日陰にはいると涼しい風がほおをなでる。小学校のころの「田舎の夏休み」そのものだ。

 オオサンショウウオの研究者の岡田先生とその息子で中学1年のリョウガくんと待ち合わせ、彼らの案内で谷をさかのぼっていく。

こういう水路にハンザキがいる

 谷沿いの細い道を右に左にうねりながらのぼっていくと、標高600メートル超の土屋という名前の盆地にでた。
 ここには民家はないけれど、昔は夏は掘っ立て小屋で暮らしていた。今は3軒が下の集落からかよって田んぼを管理している。田んぼのまんなかをつらぬく用水路を歩き、山側から合流すえう小さな流れでリョウガくんが立ち止まって指さした。
「ここにおる!」
 彼の指先に顔を近づけるのだけど、わからん。理解のおそいおっさんたちにあきれたリョウガくんが草におおわれた流れに手をいれると、黒くてヌメヌメした大きなサンショウウオがあらわれた。体の表面はぬめぬめだけど、足の裏はザラザラらしい。

計測中


 陸にあげて、体長や幅、重さを測る。
 サンショウウオは、攻撃されると、山椒のようなにおいの白い粘液をだすらしいが、岡田先生のあつかいがうまいせいか、ほとんどあばれない。
 2000年以降、捕獲した700匹のハンザキに注射器をつかってマイクロチップを埋めこんできた。マイクロチップは大山椒魚の「戸籍簿」だ。これによって何歳のハンザキがどれだけ生息しているかわかってきた。
 今回の個体は長さは56.8センチ。重さ1.8キロ。かつて17.8センチのハンザキにマイクロチップを入れて21年後に51.6センチにまで成長した記録があるから、今回のハンザキも40歳以上なのだろう。
 ハンザキは、きれいすぎる渓流ではなく、里に近くて、平坦で流れのない川や用水路に生息している。モグラやカエルを待ち伏せしたり、春はヘビもむさぼる。
 オオサンショウウオは両生類では最大をほこり、中国と日本と米国にだけ生息する。日本では岐阜県より西の近畿、中国、四国・九州の一部に分布している。中国地方にとくに多く、日南町は最大の生息地という。だがここでも、林道開発などで生息できる場所は狭まっている。
 ハンザキの寿命は人間とほぼ同じ。大人になればどこでも生き延びる力がある。 日野川の本流は、河川改修で水が一気に流れ、ハンザキも流される。その結果、下流でも大きな個体がみつかるようになっている。
 でもヤゲなどの環境がなければ繁殖はできない。子どもは、サギなどに食べられてしまうから、本流では育たない。

この谷もハンザキがすむ

 林道工事による土砂が流れこむと「やげ」を埋めてしまう。さらにU字溝になってしまうと、繁殖などおよびもつかない。

ここにヤゲがあったが、土砂にうまってしまった
ハンザキがあたりまえのようにすんでいる

 大人のハンザキがいても、子がいないところには未来はない。人間社会と同様、少子高齢化は重大な問題なのだ。
「子どもがいるコアな地区は『聖地』としてのこす必要があります」と岡田先生は説明する。

 ぼくは学生だった1986年春、中国南部でオオサンショウウオの炒め物を食べたことがある。中国ではちょうどそのころからオオサンショウウオの養殖がはじまったが、今は天然ものはほとんど消えてしまったらしい。貴重な体験だったのだ。料理の写真をなくしてしまったのが悔やまれる。

目次

指を切断!

ファックユー! とはちょっとちがうか

 やげ屋にもどって、カマドで飯を炊く。囲炉裏でシシ肉を焼くために炭づくり。そのための薪を細く裂く作業を担当することに。
 鉈で丸太を割ったことはあるが、それをさらに細くするのは、木が直立しないからむずかしい。
 左手で薪をささえながら、重い鉈をふりおろす。
 アッ! 空振り。そして左手人差し指の先端に直撃した。
 爪と指の先端が5ミリほど切断され、血がドクドクと流れる。ミズコたちにバンドエイド3枚で止血してもらったら、まもなく流血のペースはおさまってきた。
「医者にみせたほうがええで」といわれ、ぼくも迷ったが、目の前のシシ肉の誘惑に負けた。とりあえずビールをのんで、シシ肉を食べてから考えることに。ファックユーのポーズで指を上にむけて、心臓より高い位置におき、缶ビールで「乾杯!」

 夏の夜の囲炉裏をかこんだビールは最高だ。
 オータはねずみ男そっくりで、普段は温厚だが、持参の「隠岐誉」を4、5杯のみほすと毒舌スイッチがはいった。はじめは中学生のリョウガくんに、ヒッチハイクのおもしろさについてとうとうとかたっていたが、まもなく矛先はオレにむかった。
「フジー、いかにもあぶない手つきで、絶対けがすると思ったわ。ほんまにバカ、ほんまにアホ、どうしようもないヤツや」
 返す刀で今度はシオモトを攻撃しはじめた。
「キミなんて、生きる価値もない。一度死んだらいいよ。生きる価値もないっていうのはまさにキミのためにあるコトバや……」
 ひととおりほえまくると、上半身裸で椅子の上で眠ってしまった。
 当然俺たちは翌日、オータの毒舌を再現してからかうわけで、「すんません」「ごめんなさい」とオータは身を小さくしていた。(つづく)

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