福島の有機の里で③ 盛暑 腰に来る草抜き、ハクビシンと知恵比べ

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出穂間近、水を抜いた田はしっとり

梅雨が明けたばかりの7月22日、2カ月ぶりに福島県二本松市を訪ねた。
薄曇りなのに気温は33度。イネは青々と茂っている。まもなく穂が出るという。雑草はほとんど見えない。
「肥料をやらないのがよいんです。田植えの時からほとんど草取りはしていません」と大内信一さん(1941年生まれ)。
息子の督さん(1973年生まれ)が導入した、田植え前に肥料を入れるのをやめ、「深水」を組み合わせることで雑草を防ぐ方法が奏功しているのだ。
数日前に水を抜いたばかり。田の土はしっとり濡れている。今後10日に一度雨が降れば秋の稲刈り時にちょうどよい案配に乾く。雨が降らなければ早く乾きすぎないように一時的に水を走らせる。
盛夏、田んぼの作業は小休止だが、カリフラワーやブロッコリーの苗作りをはじめている。早朝から作業をはじめ、正午から午後3時ごろまで休み、日暮れまで働く。
「実はきのう50年前からの仲間が熱中症で亡くなったんです」と信一さん。
真昼に畑仕事をしていて、熱中症で倒れているのを発見された。酷暑は農作業になれているはずのベテラン農家の命さえ奪ってしまう。

雑草にやられずきれいに育った水田、2021年7月22日

トウモロコシ畑でハクビシンが宴会

田んぼのわきの畑にトウモロコシがたわわに実っている。
埼玉の私の実家でも昔は家庭菜園でトウモロコシを育てたが、ほとんど虫に食われてしまった。枝豆も全滅に近かった。なのに大内さんのトウモロコシは元気そのものだ。
なにかコツがあるんですか? と尋ねると、
「たぶん気候のちがいだな」
だが虫に食われなくても、数年つづけて人間がトウモロコシにありつけない時期があったという。
ハクビシンだ。
ハクビシンは東南アジアや中国南東部に分布し、日本でも江戸時代の書物に「雷獣」として描かれている。戦前から戦後にかけて毛皮を取るために輸入され、それが野生化して広まったとも言われる。昭和20年代には四国や静岡県、山梨県、福島県にまばらに分布するだけだったが、今は全国に生息域を広げている。
二本松でも20年ほど前から増えはじめた。信一さんは18歳から養鶏をしてきたが、ハクビシンが、元気な若鶏から順に餌食にしてしまう。犬2匹に鶏舎を見張らせても、ハクビシンは犬が鎖でつながれているのに気づいて平気で侵入し、食い散らかして天井に逃げてしまう。大内さんは20年前に養鶏をやめた。
トウモロコシ畑の周囲にネットを張っても隙間から侵入する。ラジオやテレビを設置して音を流しつづけても、危害を加える存在ではないと気づかれてしまう。
「食われたとわかってからネットを張っても遅い。一度味を覚えると『あそこのはうめぇぞ』と仲間に伝えて集まってくる。畑の真ん中の人間の目の届かないあたりに、トウモロコシのカラが大量にかたまって捨てられている。あれは宴会か酒盛りの跡だ」
信一さんはハクビシンの気持ちがわかるようだ。ひどい被害なのになぜか楽しそうに語る。10年前に電気柵を導入してからハクビシンの被害はほぼなくなったという。
昔のトウモロコシは、ゴムをかむようにかたくて、甘みがなかった。五右衛門風呂の火で焼いて、醬油をつけると香ばしかった。今はそんなトウモロコシは見かけない。大内さんも甘くてみずみずしい品種しかつくらない。
甘いぶん、虫がつきやすくて、無農薬栽培は難しい。だから、実が小さいときに先端に注入するだけで虫を防げる強力な農薬が開発されたという。
「それを知ってから、店で売っているきれいなトウモロコシはこわくて食べられなくなりました」

豆畑でひざをついて草取り 「被爆の共有」の意味を知る

真夏のもっとも大切な作業は除草だ。とりわけ大豆と小豆の畑が大変だ。
大納言という品種の小豆が植えられている1反3畝(13アール)の休耕田の草取りを体験させてもらった。梅雨が明けて乾燥し、粘土質の土は子どものこぶしほどの大きさに固まってゴロゴロしている。
幅50センチほどの畝に20から30センチごとに扇型の葉の小豆が芽ばえている。それ以外の雑草を小さな鎌で抜いてゆく。
梅雨明け直後だからまだ土がやわらかい。1週間もすると雑草が根を張って、土が乾燥し、倍の労力がかかるそうだ。
簡単な作業に見えるが、20分も中腰でいると腰が痛くなる。大内さんがどうしているのか観察すると、片足は膝をついて座っている。まねると腰がだいぶ楽だ。でも1時間もすると、乾いて固まった土にあたる膝とすねが痛くなる。ぺたんと尻をつけて座れば楽だが、移動に時間がかかる。
膝やすねを守るパッドがあればいいのに……と言うと、息子の督さんは
「お袋はバレーボールの膝あてをして作業することもありました。風呂のいすのような製品も売ってますよ」
私が思いつくようなことはだれかがすでに商品化しているのだ。
2011年、福島第一原発事故で土壌が放射能に汚染された。しばらくすると二本松市の野菜からは放射性セシウムは検出されなくなったが、大地にまんべんなく放射性物質が降り注いだから、地面に近いほど空間線量率は高い。畑にべったり座って作業をする農家はそのぶん被曝することになる。
日本有機農業研究会は、生産者の農作業での被曝を減らすため2012年11月から「猫の手」という援農活動をはじめた。田植えや畑の草取り、冬は人参や長芋掘りを新型コロナウイルスが広まる前まで手伝ってきた。
こうやって膝をついて草を刈っていると、「猫の手」が掲げた「被曝の共有」の意義がよくわかる。
長さ30メートルほどの畝を4列草取りするだけで、昼までの3時間半もかかった。腰と膝が痛い。昔の田んぼの草取りはさらにつらかったという。田はぬかるんでいるから膝をつけず、中腰で草を抜きつづけるしかない。だから農村では腰が90度に曲がったおばあさんが多かったのだ。
二本松周辺の農家は自給用にしか豆類はつくらないが、大内さんは約2ヘクタール育てている。これまでは、近所の高齢女性に除草を委託してきた。高齢化が進んで、最近は人が集まらなくなってきた。若い世代は足腰に負担がかかる草取りはやりたがらない。
「野良仕事は若い人はできねえな」と言う。たしかに、できない。
信一さんによると、私が作業した小豆畑が一番条件がよいという。畝と畝の間は、小型耕運機で耕して除草しているから土がやわらかい。だから膝をついて草取りができる。
ところが別の畑は、梅雨のうちに雑草が大きくなり、ぬかるんだ状態で草刈りをしたものだから、晴れて乾いて足跡がカチンコチンに固まってしまった。耕運機も歯が立たない。地面は岩の角のようにかたいから膝をつくこともできない。
梅雨明け直後の草取りが望ましいが、理想的にことが運ぶ年はめったにない。
梅雨明けが8月にずれ込んだ2020年は、梅雨の間に雑草が大豆や小豆を覆ってしまい、草取りをあきらめるしかなかった。とくに大豆は壊滅状態だったという。

「自分が食べたくて」つくる野菜の信頼感

猛暑の草取りは想像以上の重労働だ。
「農業ってきついですねぇ」と私が言うと、信一さんはニヤっと笑って
「気持ちしだいよ。苦労と思えば苦労だけど、正月にこの小豆のあんこで餅を食えると思えば最高の楽しみだ」
日本の中山間地はどこもイノシシなどの獣害に悩まされている。市街地に近い大内さんの畑はイノシシの害はないが、阿武隈山地ではイノシシ対策なしには農業はなりたたない。
かつて私が住んでいた島根県・奥出雲の山村では、いくつかの農家がトウガラシ栽培をはじめていた。クマ撃退スプレーに用いられるカプサイシンを含むトウガラシは、イノシシやサルも寄せつけない。病虫害にも強い。トウガラシは全国で年間1万トンの需要があり、その9割超を輸入に頼るが、1950~60年代は栃木県や茨城県を中心に栽培し、韓国などに年間数千トン輸出していた。
「トウガラシは獣害を防ぐのには最適と聞きましたけど……」と私が言うと
「自分が食べるのが楽しみで畑をつくってるんだ。トウガラシを丼で山盛りかきこむわけにいかねえもんな」と信一さんは笑った。
販売も大事だけど、それよりも自分が食べたくてつくっている。それがこの地で17代以上つづいている自作農の原点なのだ。
福島第一原発事故後、大内さんが野菜や米を直接届けていた消費者の6割が離れたが、4割は残った。野菜を届ける際に息子の督さんは説明した。
「ND(未検出)といっても放射がゼロというわけじゃないんですよ」
「大内さんも食べてるんでしょ?  じゃあ大丈夫じゃん」と買ってくれた。
「自分が食べるため」につくっている野菜だから消費者も信頼してくれた。

畑のわきの森でウグイスが野太い声で鳴いている。姿は見えないけど、語りかけてきているようだ。信一さんは語る。
「山の畑に行っても近くでウグイスが鳴く。俺のこと好いてくっついてくるのかな、なんて思うんだ。別のウグイスかもしれないけど」
「ウグイスの声はね、トラクターに乗ってると聞こえねえんだ」と付け加えた。
手作業だからこそ、自然の歌を感じることができる。田畑と里の生き物とともに暮らしてきた有機農家は、意識がもうろうとするような炎天下でも自然の詩を感じているようだった。

10年長生きするエゴマは冷や汁に

昼ごはんにじゅうねん(エゴマ)の冷や汁をごちそうになった。エゴマはゴマ科ではなくシソ科で、東北地方などの寒冷地で栽培されている。「食べると10年長生きする」とか「種子は10年保存できる」ことから福島では「じゅうねん」と呼ばれているらしい。
冷や汁は明るいクリーム色で、畑の小麦でつくったうどんをつけてすすると、生クリームにも似たこくがある。ネットのレシピをもとに私がつくったときは、もっと黒っぽくて苦かった。
「同じ料理とは思えない。フランス料理のスープみたいですね」と私が言うと、信一さんは笑って、
「俺らはフランス料理なんてわかんねぇ」
「黒っぽいのは炒りすぎ。火にかけてプチプチっと音がして香りがただよってきたら火を止めなさい」
妻の美知子さんは付け加えた。
ミニトマトやキュウリは味が濃い。トウモロコシは甘くて果物のよう。ぼた餅は砂糖が控えめでホクホクしている。真夏の草取りを経て育った小豆がこうなるのか。
ただ、無農薬だから選別も大変らしい。冬の間、美知子さんが虫食いの豆をはじくが、ひどい年は半分も残らないという。

じゅうねん(エゴマ)の冷汁

ソーメンや冷やしうどんのたれにぴったり。ごはんにかけてもおいしい。
▽材料(2人分)
・えごま 30グラム
・みそ 大さじ3(50グラム強)
・砂糖 大さじ1
・氷水 1カップ
・きゅうり小口切り 1/2本
・青じそ千切り 5枚

▽作り方
①エゴマに小石が混ざっていたら、水で洗うとエゴマは浮く。沈んだ石を取りのぞけばよい。フライパンにエゴマを入れて、ごく弱火にかけて、揺すりながら煎る。2,3回はじける音がして、香りが立ってきたら火を止める。
②すり鉢で、粒が残らずしっとりするまですり、みそと砂糖を入れてなじむまでする。
③きゅうりの薄切りを加え、しばらく置いて水分が出たら氷水と大葉の千切りを加える。薄ければ醬油も少々。
☆「うちの作り方はもっと簡単だよ」と美知子さん。エゴマをいってすって、めんつゆとキュウリ薄切りと冷水を入れるだけという。【つづく

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