阪神淡路大震災から31年、神戸市であった安富信・神戸学院大教授の講演を聴きにいった。
石破・前首相は防災に力を入れようとしていたが、高市政権になって「防災」は軽視して「防衛(軍事)」ばかり口にする。
南海トラフの地震の損害は国家予算の2倍の200兆円とも予想されている。そうなったら日本は最貧国の仲間入りだ。
武器ばかりおいもとめる能天気な権力者は「正常性バイアス」にとらわれている。国も県も私たちも目の前にせまる現実として「大災害」をとらえる必要がある。
私たちにとっての「最初の一步」は地域活動なのだけど、隣近所もわからぬ都会でいったいなにからはじめればよいのだろうか……と考えさせられた。

ちなみにこれはうちの近所のハザードマップ。浸水は1、2階までだからマンションの3階以上は大丈夫、というのは甘い。電源が切れ、トイレも使えなくなり……ということを想定しないといけない。
ふだんハザードマップを見ることもなかったなぁと反省。
以下、安富教授の講演の抜粋です。
共助というコトバはきらい。阪神大震災では、公的な危機管理ができないため生き埋めになった人の8割は近所の人の救われた。そこから「共助」というコトバが広まった。でも本来大災害では、公助が9割を担い、残りの1割を共助や自助におぎなう形にしなくてはならない。
阪神大震災以来31年、兵庫県や神戸市はさまざまなとりくみをしてきた。神戸市は「防災福祉コミュニティ」を整備し、兵庫県の自主防災組織は95%以上になった。
だが実体どうか。
自主防災組織は町内会の名をかえただけで、年1回訓練したら「自主防」とみとめられる。
自治会で「本当の自主防災会をつくりましょう」と提案したら「じゃまくさいことはやめよう」と言われる。高齢化して「75歳になってしんどいから町内会を抜ける」という人もいる。弱者高こそ町内会に組みこまれないといけないのに。
防災力を高めるには楽しいことをとりいれる。たとえば土手の花見は、土手をふみかためる意味があった。
自治体のハザードマップは範囲が広大すぎる。自分の地域を住民が歩いて独自のマップをつくる必要がある。空き家は災害時に倒壊するおそれがある。そういう要素もマップにもりこむ。
31年たつが国の防災力は上がっていない。
自治体は職員が減らされて地域力は下がっている。能登半島地震では高齢化率50%、道路が寸断され、多くの人が「関連死」においこまれた。南海トラフでは能登の地震の20個分になる。圧倒的にマンパワーが足りない。
自然環境も大きく変化している。
50年前は1時間50ミリの雨はなかったが、今は毎年のようにどこかで100ミリの雨がふる。100ミリというのは呼吸もできないほど。3時間ふれば水害になる。マンホールは1時間50ミリに対応できるように設計されているが、100ミリが降ったら蓋が吹き上がる。
地震も、年に1度は震度7がおきている。輪島市は2007年の地震が6強だったからそれを想定した体制にしていた。「震度7を想定するべきだった」と市長は語っていた。日本はどの地域でも震度7を想定するべき。
マンパワーが落ちているのを補うは、地域にいる、女性や中学生が大事だ。自主防災会と中学が連携する必要がある。
「釜石の奇跡」では、震災前に「想定を信じるな」「最初に逃げろ」と防災教育をしていた。ハザードマップによる津波の浸水域は明治と昭和の津波をもとにしていたが、子どもたちは自主的に逃げた。逆に「ここは大丈夫」とされていた避難所に逃げた人たちは犠牲になった。有名な大川小学校もそうだった。