京都ボヘミアン物語⑥ティッシュがころがる霊界の入口

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「大文字キャンプ」はあとでふりかえっても異様なもりあがりだった。
 たき火の真っ赤な火をみていると、ついつい本音をもらしてしまう。ときに涙をながしながら悩みや不安を吐露してしまう。酒に酔って、肩をくみ、歌をうたって、また酒をあおり、そして明け方、山伏のホラ貝の音で目をさます。たったひと晩なのに不思議な一体感ができた。
 なんか、できすぎてないか? これを「洗脳」っていうんじゃないのか? 
 原理研のカップルのようなおかしな目つきではない。政経研の人たちの怜悧なこわさや、中核派のお兄さんのようなおしつけがましさもない。
 でも、素朴で人がよくて、居心地がよすぎるのは逆に気になった。

「レイカイは明後日なので、時計台前に6時に集合したら会場につれていきます」
 週2回レイカイを開いているという。
 当日、あつまった新入生は7、8人だった。文学部のぼくと工学部のオオキ以外は法学部生だ。

 吉田山の裏に真如堂という大きな寺がある。その寺の塔頭らしき寺の小さな門をくぐって境内にはいり、日が沈んで暗くなった墓地をぬけたその奥に、古びた木造の家がある。もしかしてボヘミアンは仏教系のカルトなのだろうか。
 そこは2回生のカタオカさんという人の下宿だった。

 レイカイでみんながあつまるというのに部屋は乱雑だ。すみっこにはくしゃくしゃのティッシュがころがっている。
「ツル、またマスかいてたんか!」
「ちがうよぉ。鼻をかんだだけだよぉ、まったくぅ」
 ツルというのはカタオカさんのあだ名だ。「片岡鶴太郎」とおなじ姓だ、ということで、ツルとよばれるようになったらしい。
 本人は自慰をしていたとはみとめなかったが、押入の前に半裸の女性の写真をのせた「月刊プレイボーイ」がころがっている。
 エロ本とティッシュによって場がなごみ、ようやくレイカイが「霊界」ではなく「例会」であることに気がついた。

 ボヘミアン1期生である2回生は素朴な田舎者が多い。
 ヤマネさんは島根県、コージさんは愛媛県だ。カタオカさんは静岡県出身だが、みんなよりするどくてまじめにみえた。例会の司会は彼が担当した。
 ここまでは「カタオカさん」「ヤマネさん」などと敬称をつけているが、数カ月後には呼び捨てになった。ボヘミアンは2024年に結成40年をむかえるが、今では「敬語禁止」が唯一のルールになっているらしい。
 また、「りょうさん」という4回生の「教祖」はいるが、司法試験の勉強のため引退することになっていた。教祖以外は、部長や代表といった役職はいっさいない。
 何カ月かあと、みずから「隊長」を名乗る不届き者があらわれるのだけど。

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京都映画誕生の寺

 2022年6月、30年ぶりに真如堂をおとずれるとアジサイが満開だった。墓場のわきのツルの下宿をさがしてみたが、ツルの下宿どころか墓地もみあたらない。


 墓地が簡単になくなるわけがない。「霊界」のイメージが強すぎて、まちがって記憶したのだろうか。
 本堂のわきに「京都 映画誕生の碑」がある。
 ちなみに日本の映画発祥地は京都とも神戸ともいわれている。
 エジソンが考案したのぞき眼鏡式映写機のキネトスコープは1896年に神戸で公開された。一方、フランスのリュミエール兄弟が発明したスクリーンに映写するシネマトグラフは京都で1897年に試写された。
 ではなぜ真如堂は「京都映画誕生の地」なのか。
 映画が輸入されて11年後の1908年、牧野省三が、シネマトグラフで歌舞伎の劇映画化にいどんだ。彼の第一作「本能寺合戦」を撮影したのが真如堂境内だった。(つづく)

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